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大人のミャンマー! 一度は行きたい人気観光スポットやおすすめの名所、穴場10選!

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ミャンマーは、1989年まではビルマと呼ばれ、映画化もされた「ビルマの竪琴」など日本でも馴染みの深い国です。黄金や色鮮やかな寺院や遺跡など見どころがたくさんあり、アジアのラストフロンティと呼ばれ人気の観光エリアです。

今回は、そんなミャンマーからおすすめの観光名所や穴場スポットをご紹介します。

ミャンマー 人気観光スポット1.アナンダ寺院

ミャンマーの人気観光スポット、最初にご紹介するのは「アーナンダ寺院」です。

「アーナンダ寺院」は、世界三大仏教遺跡のひとつと称されるバガン遺跡のなかでも、最大級の大きさと美しさを誇る寺院です。

1091年に、チャンスィッター王によって造られ、仏陀の従弟で弟子でもある「アーナンダ」に因んで「アーナンダ寺院」と名付けられました。

「アーナンダ寺院」は、一辺が53mの大きな方形の寺院で、高さは51mあります。外の壁は白く、塔の先端部分は金色で、バガン遺跡の中でもっとも美しい芸術作品といわれています。

方形の本堂の四面には、一つずつ入り口がついていて、東西南北すべての入り口の横には釈迦仏が納めるられていて、南と北の2体は1091年に建てられた当時のものです。また、内部の回廊の壁には、仏陀の一生が刻まれています。

ミャンマー 人気観光スポット2.タビィニュ寺院

ミャンマーの人気観光スポット、次にご紹介するのは「タビィニュ寺院」です。

アーナンダ寺院、シュエズィーゴン・パゴダと並び、バガンの3大仏教建築物とされている「タビィニュ寺院」は、パガン王朝時代の12世紀中頃にチャンシッター王の孫であるアラウンシードゥー王によって建立された寺院です。

高さが約61mあり、バガン遺跡群の中で最も高い寺院の一つです。その高さもさることながら、バガンの遺跡群の多くがレンガ色の建物が多い中、白く直線的なデザインの「タビィニュ寺院」は、他の遺跡とは異なる印象を強く受けます。

「タビィニュ寺院」の近くには、「勘定のパゴダ」があります。「タビィニュ寺院」を建設する際に使用したレンガの数を数えるために、脇に並べていたレンガを使って作った建物です。

またタビィニュ寺院の隣のタビィニュ僧院には、第2次世界大戦中に戦死した日本軍の兵士の慰霊碑が建てられています。

ミャンマー 人気観光スポット3.カックー遺跡

「カックー遺跡」は、ミャンマー中部のシャン州にある仏教遺跡で、2,457ものたくさんの仏塔が建ち並んでいます。

「カックー遺跡」は、アショカ王が建てた仏塔の周囲に12世紀の王が、この地に住むパオ族とシャン族に命じ、家ごとに仏塔を1基寄進するように命じたのが始まりと言われています。

仏塔はそれぞれ形が違いますが、大きく分けてビルマ人が寄進したものと、少数民族が寄進したもので2種類があります。

中央の白く一番高い仏塔はアショカ王の仏塔で、その周りの仏塔は金色に塗られています。

ミャンマー 人気観光スポット4.チャイティーヨー (ゴールデンロック)

ヤンゴンの東北約180キロのモン州の山の頂に「ゴールデンロック」は祀られています。正式名称は、「チャイティーヨーパヤー」といい、崖の縁に置かれいまにも転がり落ちそうな黄金の巨大な岩です。

この岩の下にはお釈迦様の髪の毛が納められ、その霊力によって浮いていると考えられています。「パヤー」とは仏塔のことで、この金箔の貼られた不思議な岩の上には高さ7mの仏塔が建てられています。

「ゴールデンロック」は女人禁制で、女性は「ゴールデンロック」から3m以内に近づくことはできませんが、男性は売店で売られている金箔を岩に貼り付けてお参りすることができます。

ミャンマー 人気観光スポット5.インレー湖

「インレー湖」は、 シャン州タウンジー県のシャン丘陵に位置する淡水湖です。ビルマ語でインは湖、レーは4を意味し、昔インレー湖は4つの小さな湖だったが、湖の近くに住む鬼によって4つの湖が繋げられ、大きな湖が誕生したという伝説が残っています。

「インレー湖」には、少数民族の水上村が点在していて、水上に建てられた民家やお寺、工芸品の工房などに多くの観光客が訪れています。

また湖の沖には、少数民族のインダー族が漁をする姿も見られ、魚を捕るカゴを持った漁師が舟の舳先に片足で立ち、もう片方の足で舵を取る姿は、インレー湖の名物となっています。

「インレー湖」には、バガン時代に筏に乗って来た王が降りた所といわれる場所に建つ、「ファウンドーウー・パゴダ」があり、本堂には金箔を貼られ過ぎて雪だるまのような形になっている仏像を見ることができます。

ミャンマー 人気観光スポット 6.マンダレー王宮

「マンダレー王宮」は、ミャンマーの中央部でミャンマー第2の都市であるマンダレーにあるミャンマー最後の王朝のコンバウン朝の王宮です。

コンバウン王朝のミンドン王が、アマラプラからマンダレーに遷都する際、1857年から建設を開始して4年の歳月を経て完成した王宮です。

「マンダレー王宮」は、3㎞四方で広さ9㎢あり、幅70mの濠と高さ8mの城壁に囲まれ、東西南北計4本の橋で街と結ばれています。

王宮は、1945年に日本軍と英印連合軍との戦闘により焼失しましたが、戦後再建されて、現在はミャンマー軍の施設として軍の就任式などに使用されています。

王宮の一部は一般に開放され、内部には博物館もあります。