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モテる大人の趣味 オペラ!ぜひともおすすめしたい作品6選

ライフスタイル

オペラはとても贅沢な大人の趣味です。アメリカの高名な政治(法)哲学者が、贅沢なものの一例としてあげているくらいです(ドゥオーキン『権利論』木鐸社)。

オペラが総合芸術と言われるのは、演目、歌手、指揮者、オーケストラ、演出、劇場そして観客の雰囲気までが、その構成要素になっているからだと思います。これらすべてが揃った上演に出会えたとき、思わず目が潤むほどの感激にとらわれます。

今回はモテる大人の、教養としての趣味「オペラ」、数あるなかから、おすすめの6作品をご紹介いたします。

ただし、内容紹介は敢えて詳細にしていません。「ネタばれにならない」程度に抑えていますので、是非、劇場にお出かけになるなり、DVDなどの身近な手段なりで実際にオペラをご鑑賞ください。

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やはりイタリアオペラから

18世紀くらいまで、どの国の作曲家であろうと、オペラについてはイタリア語で書かなければ一流と認められませんでした。あの天才アマデウス・モーツァルトでさえそうでした。

おすすめも、華麗なメロディーがちりばめられ、空前絶後の大悲劇を美しく描いたイタリアオペラから始めたいと思います。

おすすめオペラ1. ヴェルディ『アイーダ』(初演1871年)

このオペラは、ファラオと呼ばれる国王の支配する古代エジプト、首都メンフィスが舞台に設定されています。作品タイトルになっているアイーダ、彼女と深く愛し合っているラダメス、この二人は敵対する国の重要人物です。そのために、この恋は死という結果をもたらしてしまいます。

主役二人がとも亡くなるという点をとらえて、これは悲劇であると簡単に割り切って良いものなのか、それとも死という結末によって二人の愛が成就するととらえるべきなのか、あれこれ考えられるのも、大人の趣味としてのオペラ鑑賞の面白いところだと思います。

では、なぜ二人は死ななければならないのでしょう。

アイーダはエジプトと敵対する隣国エチオピアの王女ですが、その素性を知られないまま、エジプトの王女アムネリスに女奴隷として仕えています。

優秀な軍人であるラダメスはエチオピア戦の指揮官に任命され、アイーダは複雑な思いで、またラダメスを恋しているアムネリスは勝利を願って戦いに送り出します。

エチオピアに勝利したラダメスは、多くの捕虜を連れて凱旋してきます。ここで、有名なアイーダ・トランペットから始まる「凱旋行進曲」が奏でられます。しかし、華やかな凱旋行進の、その捕虜のなかにアイーダの父、エチオピア国王アモナスロが混じっていました。

国王であることが発覚しないままエジプトに残ったアモナスロは、復讐のためにアイーダを使ってラダメスからエジプトの軍事機密を聞き出そうとし、それに成功します。このことを知ったラダメスは、アモナスロとアイーダを逃し、自身は自分の意思でとらわれの身となります。

裁判の結果、ラダメスは地下牢で生き埋めという死刑を科されます。戦いのなかでアイーダは行方不明になっていたのですが、判決を予想して地下牢に隠れていました。こうして、二人は静かに死んでゆきます。

おすすめオペラ2. プッチーニ『トスカ』(初演1900年)

このオペラは政治的なニュアンスの強いオペラで、プッチーニがときに「きわめて政治的なオペラ作曲家」と称されるのも納得できます。

オペラの前提となっているのは、ナポレオンが指揮するフランス軍とオーストリア軍との戦争、両軍のイタリアにおける派遣軍の戦いです。まだ統一国家になっていなかったイタリアでは、共和制を目指す人たちと、ハプスブルクのオーストリアを頼みとする保守派が入り乱れて権力闘争をしていました。

『トスカ』の舞台となっているローマも同じです。そして、このオペラは、1800年6月14日の「マレンゴの戦い」から間もない日の、たった一晩の出来事を、「これほどまでに」と表現したくなるほど劇的に描き出しています。

ヒロインは作品タイトルでもある有名歌手フローリア・トスカです。その恋人で画家のマリオ・カヴァラドッシは共和制支持者であり、そのために陰険な政治的事件に巻き込まれて命を失います。しかし、そのマリオだけでなく、トスカも彼の後を追って自ら死を選びます。

登場人物が歌うアリアは有名なものが盛りだくさんです。たとえば、マリオが教会の壁画を描きながら、そこに礼拝にくるときに密かにモデルにしている共和派の友人の妹と、恋人のトスカの二人を比べて、青い目で金髪も、黒い目で茶髪もどちらもと歌う「妙なる調和」、トスカが保守派のローマ警視総監であるスカルピアに迫られて歌う「歌に生き、愛に生き」(この愛、アモーレは神への愛です)、処刑前にトスカへの別れの手紙を書きながらマリオが歌うアリア「星はきらめく」など、きりがありません。

しかし、このオペラでは、悩ましき大人の趣味の観点から、悪役スカルピアに注目してみたらどうかと思います。スカルピアは、第一幕の最後のほうで、マリオの友人である共和派の政治犯が脱獄した後を追って、部下たちとともに教会に現れます。

そこで、トスカに壁画のモデルとマリオの関係が怪しいことを示唆してトスカの嫉妬心を煽り、同時にトスカへの恋情を歌い上げます。さらに、教皇によるミサで「テ・デウム」(神を讃えん)が歌われるのですが、その神の前で、政治犯とトスカの二人をともに自分の手に入れるのだという黒い気持ちを吐き出します。

神へ祈りを捧げながら、おのれのドス黒い劣情を同時に重ねて歌うスカルピア、この姿が悩ましい男の心情を表せるかどうか、それに共感してしまう自分の一部を見るかどうか、こうした観点から歌手(バリトン)の歌唱力と演技力に注目するのも興味深いと思います。

おすすめオペラ3. ヴェルディ『椿姫』(初演1853年)

再びヴェルディのオペラです。これほど、エピソードに彩られたオペラはあまり多くないはずです。発表当時、ヒロインの設定自体がスキャンダラスだと思われたこと、初演が大失敗だったことなどです。

オペラ作品にプラスアルファを求める方には、趣味としてこうしたエピソードを探るのも楽しいかもしれません。

原作は、デュマ・フィス『ラ・トラヴィアータ』(道を踏み外した女)です。なぜヒロインが道を踏み外した女なのでしょうか。

それはヴィオレッタが高級娼婦だからです。ただし、娼婦とはいえ、教養があり趣味も良い、マナーをわきまえた社交界の華です。ですから、貴族や大金持ちをパトロンにして、自分の屋敷を文化交流、今風に表現するなら異業種交流の場であるサロンにしている「高級」娼婦なのです。

ヴィオレッタが催すパーティに、田舎出の青年(貴族)アルフレード・ジェルモンが友人の紹介でやってきます。パーティに来ている皆に促されてアルフレードが歌い、ヴィオレッタに続いて全員が一緒に歌います。華やかな合唱曲「乾杯の歌」の場面です。

二人だけになったとき、アルフレードは「ボクは一年前から好きでした」とヴィオレッタへの恋心を伝えます。ウブで純情なアルフレードの告白にヴィオレッタの心も揺れます、この人が本当の恋の相手ではないかと。ここが有名なアリア「ああ、そは彼の人か」の聴きどころです。

迷った末にヴィオレッタはパトロンと別れて、パリ郊外の屋敷でアルフレードと生活することを選びます。しかし、二人の生活はヴィオレッタの財産を売って支えられていました。このことをアルフレードは知りません。

或る日、その屋敷にアルフレードの父親ジョルジュが訪ねてきます。そして、アルフレードと別れるようにヴィオレッタに頼みます。一度は断ったものの、ジョルジュに負けて、「パトロンのところに戻る」という偽手紙を残して、彼女はアルフレードの前から消えます。

真相を知らないアルフレードはヴィオレッタに裏切られたと思い、パリの屋敷に乗り込み、あれこれのいきさつからヴィオレッタのパトロンと決闘をすることになります。

決闘に勝ったのはアルフレードでした。ですが、相手に傷を負わせたアルフレードは国外に出てほとぼりを冷まさないといけません。

父のジェルモンは、手紙でアルフレードに真相を明かし、ヴィオレッタとの交際を許します。しかし、もうこの頃、ヴィオレッタの命は消えようとしていました。持病の肺結核が進行していたのです。

ヴィオレッタはアルフレードとの再会を待ちわびています。もう自分の命が長くないことを知っていて待ちわびているのです。アルフレードは間に合って、ヴィオレッタとの静かな生活を再開できるでしょうか。

最終場面は演出家の腕の見せ所、それだけでなく、歌手、指揮者を含めた上演スタッフ全員の力量、考え方が見えるところです。ここは、実際に皆さんがご覧になることをおすすめします。

そして、フランス、ドイツ

おすすめオペラ4. ビゼー『カルメン』(初演1875年)

これほど題名が広く知られているものは少ないでしょう。オペラの全場面上演だけでなく、抜き出して単独で演奏される曲も多いですし、それらをアレンジした組曲もあります。さらに、ミュージカルや宝塚歌劇でも取り上げられています。

作品名は、言うまでもなく主人公の女性、カルメンから来ています。カルメンはスペイン、セビリアのタバコ工場で働くロマ族の女性です(多くの文献にはジプシーと書かれていますが、これは差別語に当たるという指摘もあるので、ロマと表現します)。

原作はメリメの小説『カルメン』ですが、中身はオペラにふさわしいように改変されています。原作ですと、カルメンに翻弄される衛兵隊伍長ドン・ホセは完全に悪人として描かれていますし、ホセが衛兵隊から脱走して参加したグループはオペラのように密輸団でなく、強盗殺人を平気で犯す犯罪集団となっています。

しかし、男を誘惑して利用し、飽きるとすぐに別の男に走るような、あまり趣味の良くない女性を描いたオペラが、どうして定番として頻繁に上演されるのでしょうか。

まず第一に、当たり前ですが、音楽が素晴らしいからです。フランス語のオペラでありながら、スペイン風の曲が多くエキゾチックな雰囲気に満ちています。たとえば、エスカミーリョの「闘牛士の歌」などは、どこかで耳にしているはずです。

次に、カルメンが自由に生きる強い女性像として造型されているからだと思います。この点に関しては趣味の別れるところでしょうが、魅惑的な女性像の一つであることは否定できないでしょう。

カルメンがそうした強い女性であるために、最終場面で復縁を迫るホセに対して指輪を投げつます。しかし、この強さがカルメンの人生を終わらせることになります。指輪が投げ捨てられたことに逆上したホセによって刺されてしまうのです。

おすすめオペラ5. モーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』(初演1787年)

モーツァルトの有名な作品といえば、ドイツ語オペラの『魔笛』やイタリア語で書かれた『フィガロの結婚』でしょう。

ですが、大人の趣味としてのオペラとなりますと、ドン・ジョヴァンニこと、スペインの伝説的な女たらしの貴族ドン・ファン、これの物語がもっともふさわしいと思います。

イタリア語のオペラですが、『ドン・ジョヴァンニ』をご紹介いたします。これは、バリトンが主役となる数少ないオペラの一つという点でも見逃せません。

さらに、一曲一曲を取り出して独立して演奏される曲、たとえばジョヴァンニの従者レポレッロが歌う「恋人のカタログの歌」のように有名なものがあるからです。

これは、ジョヴァンニを改心させるために追い回す元婚約者エルヴィーラを、レポレッロが慰めようとして歌うものです。ですが、ジョヴァンニの関係した女性はどの国でも多くて「ここスペインでは1003人ですよ」と語りかけ、逆効果になるもので笑えます。

しかし、このオペラが笑える歌ばかりで喜劇かというと、そうでもありません。男と女の危うさを表現した歌や恐ろしい場面もあります。

危うい場面としては、ジョヴァンニの城近くの村でこれから結婚式を挙げようとしている新婦ツェルリーナを、ジョヴァンニが誘惑する箇所があります。この村娘がその気になってしまうところでエルヴィーラが登場するのですが、この邪魔がなければツェルリーナもジョヴァンニのものになっていたと想像させる場面です。

オペラの冒頭でジョヴァンニに殺された騎士長の石像が、最後の場面で心を入れ替えるように迫り、それを拒否するジョヴァンニを「時間切れだ」と言って地獄に引き込むフィナーレは、観る人によって解釈が分かれるところでしょう。

これらが、モーツァルトの作品のなかから、大人の趣味のオペラとしておすすめする理由です。

おすすめオペラ6. ワーグナー『ローエングリン』(初演1850年)

ワーグナーのオペラ中の曲は、映画音楽やCMなどで良く使われています。しかし、実際に作品を通しで鑑賞する機会は少なかったと思います。

ところが、この数年、世界的なワーグナーのブームが来ています。時代の空気が変わったこともその理由の一つでしょう。ドイツでも、ナチスを脱色してワーグナー作品を見直す雰囲気が確立したと言えると思います。

こうした変化の背景を考えるきっかけとなることだけでも、ワーグナーを大人の趣味としてのオペラに加える意味があります。

とくに、この『ローエングリン』はヒトラーがもっとも好んだワーグナーオペラであるとともに、当時のドイツ国民の愛国心と国威の発揚のためにナチスが徹底的に利用した場面が含まれているからです。

さらに、これは、ワーグナーにとって、それまでの浪漫的なオペラから「楽劇」を自称する独自の作風へと転換する作品になっている点でも、大人の趣味にかなっています。

物語としては、ワーグナーがゲルマン語系の諸地域に残された伝説から台本を書いたもので、それほど面倒なものではありません。10世紀、ブラバント公国のアントウェルペンを舞台にして、その実権を巡る争いの話です。

ただし、重要なポイントは、こうした人間世界の争いに聖なる騎士が素性を隠して介入し、問題を解決することです。この主役、作品のタイトルになっている騎士が、聖杯を守る城の王パルジファルの息子、聖杯守護騎士ローエングリンです。

ローエングリンは誰が何をどう言おうと格好良い、いや格好良すぎる役です。いま現在、これを歌い演じることのできるグローバルなスーパースター、歌唱力はワーグナー歌いとしても群を抜き、しかも容姿端麗なテノールが二人もいます。このこともワーグナーブームに力を与えたと思います。

ローエングリンにぴったりはまるスーパースターは二人ともドイツ人です。このことが、第二次大戦後におけるドイツの歩み、その帰結の一つであるならば、オペラが単に贅沢な大人の趣味にとどまらず、本物の大人の趣味として考えても良いと思います。

オペラをモテる大人の趣味にするために

オペラは言葉がわからなくても感動できる芸術です。それは歌詞のない名曲があること、言葉を持たなくても名画が感動を与えるのと同じだと思います。

オペラは、外国語の歌が単なる音楽の一部として聞こえるだけでも理解できます。それは舞台という場で歌手たちの演技が同時に観られるからです。

もちろん、予習もできます。対訳本を読むだけでなく、ネット上には情報が溢れています。ですが、予習無しのぶっつけ本番でも、良い作品、歌手、指揮者、オーケストラ、演出、劇場そして観客の雰囲気に恵まれれば、大人も身体が震えるほどの感動を味わえます。

大人らしいマナーをわきまえた振る舞い、大人らしい装い、オペラ上演前後の時間の過ごし方、こうしたものをすべて総合して大人の趣味としてのオペラが成り立っています。

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